プロローグ:WHO本部にて
昭和六十一年(一九八六年)十二月八日、スイ
ス・ジュネーブにある世界保健機構(WHO)
本部の大会議室で、事務局長のハルフダン・テ
伊藤利根太郎教授が、多くの報道陣が見守る
中、あるワクチンの接種実験に臨んでいる。
そのワクチンは、当時はまだ完全には克服でき
ていなかったハンセン病を撲滅するために開発
中のもので、今日は初めて生きている人間に接
種させるのである。
その人体実験に自ら志願したのは、この物語の
主人公である、当時八十八歳の笹川良一であっ
た。
ワクチン接種後、良一の意識は空の上に飛んで
行き、精悍な青年の姿に変わっている。
そして、そこには良一が幼い頃に出会った不幸
な少女・漆原リンの成長した姿と、小学校の同
級生であった川端康成の姿があった。
良一が、その「お空の上の世界」から見下ろす
と、これまでの長い人生の中で、良一が関わっ
てきた様々な人物の姿が見えている。