一九九四年・・・国内では、松本サリン事件、関西国際空港の開港、年金改革法成立、村山富市首相就任、全国的猛暑で水不足問題が起った。そして海外に目を転じてみると、金日成死去、向井千秋が宇宙へ、イチローがメジャーリーグで史上初年間二〇〇本安打、大江健三郎がノーベル文学賞受賞・・・時代を象徴するような出来事がいくつもあったことを思い出す。
当時、私は二十六歳で、家業の後継者として見習い修行の身であった。社外では経営者団体にも所属せず、同世代が集まりそうな会合・飲み会にも一切出向くことがなかった。
そんな独りの時間に沈む私が、唯一大事にしていたことあった。それが《本物の経営者》が集うクローズな会合へ出入りすることであった。
そこには、多くの人々から尊敬の念と憧れの眼差しを受ける【漢】がいる。とにかく、理屈抜きに「男が男に惚れる」というぐらいに格好いいのである。また、彼らが交わす会話は政治経済・国際問題、はたまた文化芸術ととにかく広い。
私は、我を捨て発せられるすべての発言を一言一句聞き漏らさぬように、全神経を注ぎこんだ。ときには、トイレに行くふりをして、彼らの口から飛び出す”未知の世界”を、必死にメモしていたことをいま懐かしく思い出す。
ここで私は一生の無形財産と言っても過言ではない、「本物の世界」、「一流の定義」を知ったのであった。もう少し具体的に表現すれば、経済性を追求する以上に、人の上に立つ者にとっての人間性と社会性を如何に自己発展させるかが、最も重要であるかを思い知らせるわけであった。
むろん、私がこんなことをやっていた同じ時間軸のなかで『ほほづゑ』が創刊されたことも、そしてこうやって同人になって文章を認めるようになるとも、私は当時知る由もなかったのである。