炊事洗濯をしない私でも、家族に委ねないことが一つだけある。
それは、靴磨きである。
その儀式は、たいてい次日が降水確率が高 い日と決まっている。
前夜、私が若き頃に付き合いのあったお姉様 から手ほどきを受けた、黒豆をコトコトと甘く煮込む代物。
レシピは残っていないので、味にムラが起きるが気にしない。
翌日 、軽く温め直し九谷の小皿に盛り、日本酒と3つのおちょこを鎌倉 彫に乗せ、玄関へ降りていく。
おちょこは、唇のあたり方で味わい が微妙に変化するところが、遊び相手には良い。
また、玄関の扉を 少し開けて、風と雨を含んだ四季の匂りを晩酌相手に巻き込んでい く。
おちょこに注いだ酒をちびちびと呑み始め、黒文字小楊枝で黒 豆を一指し。
この相性は、 普段酒を呑まない私の呑むスピードを早くしてくれるから、 この儀式をやめられない。
肝心の靴の手入れは早々に終わると思い きや、手が止まりぱなし。
ほどよく酒がまわると玄関口で寝そべる 。
そしてだいたい決まって風邪をひく。